【アフガンの地で 中村哲医師からの報告】異常気象と平和の代償
日本と同様、今年はアフガニスタンもまた猛暑である。6月のジャララバードで、室内気温が連日40度を超えて記録を更新した。これに少雨が重なり、東部全体がさながら焦熱地獄と化した。まる3カ月、雨らしい雨がなく、砂塵(すなぼこり)で青空が見えない。河川は低水位となり、農地の沙漠化が一挙に加速された。もともとアフガニスタンでは30%ほどが灌漑(かんがい)地で、70%が天水に頼る。2年続きの異常少雨で、天水依存の畑地が確実に壊滅したと見られている。伝統的地下水路である「カレーズ」も全滅、作づけ可能な農地は20%に激減した。食糧価格が急騰し始めている。
治安面では、戦乱の一層の泥沼化が危惧されている。米軍の再増派が伝えられ、年初から大規模な爆破事件が続いている。加えてイスラム国(IS)のシリアからの移動は、米軍の誤爆と共に、治安をさらに悪化させた。
●強制送還と帰還難民
その日の食にも窮する人々は、隣国に難民化し、200万人以上がパキスタンへ逃れたと見られている。しかし、パキスタンもまた難民流入による問題を抱え、2016年から強制送還の強硬策で臨み、年間100万人のペースで送還と発表された。ジャララバードは降って湧いたような帰還難民の群であふれた。アフガン政府は難民を東部にとどめる方針を採ったので、東部はいっそう混乱している。
ジャララバード北部には我々PMS(平和医療団・日本)の作業地があり、過去15年の努力によって1万6千ヘクタールの沃野(よくや)が広がる。だが、これは例外的だ。人々は他に逃れるところもなく、水と職を求めて他地域から殺到する。同地方からジャララバード市内に至る閑静な国道はこの2年で雑踏化し、延々十数キロに途切れないバザールが出現した。人口集中は既に限界に達したと思われる。
●沃野の拡大を求めて
PMSは現在の作業地をモデルとして、安定灌漑地の拡大を計画している。内外の国際機関とも協力し、準備を進めているが、援助側に気候変化の影響に対する過小評価があることは否めず、全体に援助は退潮ぎみだ。しかし、全体を見回すと現在が天王山だと我々は考えている。
沙漠化の速度は予測したより早く、放置すれば不可逆的な変化も起き得ると見ている。20年継続態勢を敷き、PMS方式の取水堰(ぜき)普及を目指し、今年から「訓練所」を開設して組織的な人員育成に乗り出した。絶望的な情勢の中で、「戦よりも食糧自給」を合言葉に農業の復活を訴え、人々に一縷(いちる)の希望を与え続けている。
●進む温暖化と沙漠化
最近の研究で、東部アフガンの過去60年間の気温上昇は約1・8度、他の地域の約2倍の速さで温暖化が進行しているという恐るべき報告もある。
今思い返すと、アフガン大干ばつは、世界を席巻する「気候災害」の前哨戦であった。既に海水面上昇による島嶼(とうしょ)の水没、氷河の世界的後退、北極海の氷原融解などが伝えられ、陸上では台風とハリケーンの巨大化、森林火災の頻発、大規模な洪水と干ばつなどが各地で報ぜられた。それでも、責任の所在がはっきりしない気候は真剣に問題にされにくく、温室ガス効果に対しても、反論を意図的に多く掲げることで不安を中和できた。温暖化を軽視する経済至上主義も、依然として根強い。それは自然を無限大に搾取できる対象と見なし、科学技術信仰の上に成り立つ強固な確信である。
実際、近代的生活は、産業革命以来の大量生産=大量消費の流れの上にあり、それを一挙に覆す考えは、多くの人々に受け入れ難いものがあるからだ。
●戦よりも食糧自給を
だが先送りはおそらく許されないであろう。ここでは、温暖化と干ばつと戦乱の関係は、もはや推論ではない。治安悪化の著しい地帯は、完全に干ばつ地図と一致する。その日の食にも窮した人々が、犯罪に手を染め、兵員ともなる。そうしないと家族が飢えるからだ。
一連の動向は世界の終末さえ彷彿(ほうふつ)とさせる。干ばつの克服は、単にアフガニスタンの問題ではない。全世界が連帯・共有すべき課題でもある。
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「アフガンの地で」は、アフガニスタンで復興支援活動を続ける非政府組織「ペシャワール会」(事務局・福岡市)の現地代表で、PMS総院長の中村哲医師(71)によるリポートです。次回は12月掲載の予定です。
=2018/09/03付 西日本新聞朝刊=