【アフガンの地で 中村哲医師の報告】 ※西日本新聞への寄稿記事です。

【アフガンの地で 中村哲医師からの報告】15年緑の大地へ夢半ば

 アフガニスタン東部の州都、ジャララバードは酷暑である。雲のかけらもない天空から強烈な陽光が照りつける。正午ともなると、人の動きが途絶えて静まりかえる。みな木陰で午睡するのだ。今年の断食月は少雨で、格別の苦行となった。この最中に動いているのはわれわれPMS(平和医療団・日本)くらいのものだが、さすがに暑く、作業は午前中で切り上げる。

 もう見慣れた土木作業が、年々規模を増しながら、休みなく続けられている。砂漠化で失われた東部穀倉地帯の復活を夢見てから15年、作業風景そのものが地域の風物として定着した観がある。これまで、27キロのマルワリード用水路を筆頭に、9カ所の取水堰(ぜき)、20キロに及ぶ護岸を行い、予定の安定灌漑(かんがい)と農地復活を目前にしている。15年が瞬時のようである。

 PMSはもともと医療団体で、1990年代から山村部に無医地区診療モデルを目指していた。転機は2000年、凄(すさ)まじい干ばつとの遭遇であった。アフガンの山村部は自給自足の農民がほとんどで、水不足は飢餓と難民化に直結する。一時診療所の周辺は一木一草も生えない荒野に帰し、村民は一斉に難民化した。WHO(世界保健機関)は00年6月、飢餓線上400万人、餓死線上100万人と警告を発し、餓死者が続出する中、医療だけでは命を助けられないことを思い知った。行政も僻地(へきち)の末端までケアできる態勢ではなく、技術者も皆無であった。いきおいPMSが住民と協力して灌漑事業を進める以外に打開策がなかったのである。

 国際救援は遂(つい)に動かなかった。やってきたのは翌01年10月、欧米軍による空爆であった。その後、タリバン政権が倒れ、復興の明るい印象を与えたまま、アフガニスタンは忘れ去られていった。だが戦乱は増えこそすれ、止(や)むことがなかった。援助も大半が目的を達せず、擁立された政権の腐敗もあって、人々の心をつかめなかった。麻薬生産は過去最大となり、治安も最悪となっている。外国軍は最大時の兵力12万人から1万人まで縮小したものの、最近再び、兵力増派がささやかれている。

 当初われわれは、おそらく干ばつ対策が焦眉の急で、全国至る所で大規模な灌漑事業が起こされるだろうと信じていた。また、それほど凄まじかったのである。だが今振り返ると、灌漑に真剣に取り組んだ例は僅(わず)かであった。

 その後PMSは1万6500ヘクタールの耕地復活、65万人の生活の保障(緑の大地計画)を訴え、現在目標に近づいている。この間、孤立無援の状態で「適正技術」を模索し、試行錯誤の連続であった。初期の総工費20億円は日本の募金によって支えられ、技術的には山田堰(福岡県朝倉市)の構造を現地風に換骨奪胎したスタイルを確立、完成度を増している。この15年間で作業に加わった村民はのべ100万人を超え、既に熟練工の域に達し、工事は着工時と比較にならぬくらい円滑で奇麗になった。この集団の存在が普及の上で基礎となる戦力で、建設だけでなく、地域全体で施設を維持する底力になる。普及計画では徹底した現場習得が主眼である。

 この動きに呼応して、為政者側からもPMSの仕事を評価する動きが高まった。今年2月、政府農業省・農村開発省はPMS取水方式を国の標準の一つに加えることを決定した。政府内部でも、心ある者はこれまでの復興支援の非能率に業を煮やし、急速に進む農地荒廃に脅威を感じ始めている。近代的水利施設は莫大(ばくだい)な予算と維持費を要する。即効性と経済性を考慮すれば、これ以外に選択肢がないと、大統領自らPMS方式を提唱するまでになった。

 しかし、手放しで喜ぶことはできない。砂漠化は止まる兆しなく、暗い予測が現実のものとなっているからだ。天水に頼る農地は全滅、食糧自給率は半減して久しく、離農人口は、大都市の若者を中心に激増している。さしたる産業のないアフガニスタンで、これは致命的だ。戦争と支援で落ちる外貨が頼りの経済下で、上は職権乱用で稼ぎ、下は傭兵(ようへい)となって稼ぐ。戦乱を糧にせざるを得ない悲劇的な構造は、ひとりテロリストや「非民主的風土」のせいにして済む問題ではない。

 PMSが運営する訓練所は今年2月に開講、普及に向けて大きな一歩を踏み出した。政治的な色分け抜きに受け入れ、住民との絶対的信頼関係を背景に、全ての勢力に協力を呼びかけている。

 「戦よりも灌漑、時間は限られている」

 PMSが提唱するのは、人権や高邁(こうまい)な理想ではなく、具体的な延命策である。踏みとどまれば勝算はある。広がる沃野(よくや)を夢見てPMSの活動は続く。

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 「アフガンの地で」は、アフガニスタンで復興支援活動を続ける非政府組織「ペシャワール会」(事務局・福岡市)の現地代表で、PMS総院長の中村哲医師(71)によるリポートです。次回は9月掲載の予定です。

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 ■中村医師が16日、現地報告会

 中村哲医師の現地報告会が16日午後1時から、福岡市早良区の西南学院大チャペルで行われます。参加自由で入場無料。事前申し込みも不要。問い合わせはペシャワール会=092(731)2372。

=2018/06/04付 西日本新聞朝刊=

中村先生が実践してきた事業は全て継続し、
彼が望んだ希望は全て引き継ぐ。

ペシャワール会会長 村上優氏 追悼の辞より抜粋