【アフガンの地で 中村哲医師の報告】 ※西日本新聞への寄稿記事です。

【アフガンの地で 中村哲医師からの報告】対テロ15年…苦難の民

 巨万を費やした「アフガニスタン復興」の結末を語るのは気が進まない。依然として飢餓と干ばつは収まらず、「国民の3分の1の760万人が飢餓状態」(世界食糧計画=WFP)といわれる。

 この実態は知られていない。命がけの「初の大統領選」も裏切られた人々は、戦争や政情を報じる「情報社会」をもう信じない。活動地のナンガラハル州では、既に3分の2が「イスラム国(IS)」の支配下にあるという。彼らと対立する理由はないが、その勢力図が飢餓地帯と完全に一致することは明記しておく。

 人々はあからさまに言う。「白旗(タリバン)の月給が5千アフガニ(1万円)、黒旗(IS)は450ドル(5万円)。おまけに黒旗の装備は大国の新式のもの。まともに逆らえない」

 思想よりも生き延びる手段の問題である。だがその実態も熟知している。

 「情報操作で恐怖を煽(あお)り、豊富な武装力と資金で勢力を張る。破壊には手段を選ばない。やり方はこれまでの米軍と寸分たがわない」。そしてこう付け加える。「まっぴらだ。誰が来ようと同じことだ。私たちの生活は変わらない」

 これが対テロ戦争15年後の住民の真情である。傭兵(ようへい)となって糧を得、身内を失って泣き、転身と敵対を重ねて生き抜く。不敵なたくましさ、いや、矛盾した苦衷を私は笑わない。戦で犠牲になるのは、このような人々だからだ。

 

「砂漠の啓示」思い

 砂漠は美しく静かだ。日中の気温は50度に迫り、強烈な陽光があらゆる生命の営みを封じる。人為を寄せつけぬ厳しさに、人はただ伏して恵みを乞う。ガンベリ砂漠の凛(りん)とした表情は変わらない。

 だが緑の防砂林を境に情景は一変する。幅300メートルほどの樹林帯が延々5キロ、砂漠と人里をくっきりと分けている。高さ十数メートルに成長した紅柳の薄暗い森を抜けると、1本の水路が流れている。両岸のヤナギ並木が目を和ませ、小鳥のさえずりが聞こえる。水路沿いに数万本の果樹の園、スイカ、野菜、米や小麦を豊富に産する田園地帯があり、今も開拓は営々と進む。6年前に建設された用水路は確実に威力を広げている。

 当時は粗末な小屋で、熱風と砂嵐の中、食事に混じる砂粒を噛(か)みながら指揮を執った。数百人の作業員たちは倒れても決して仕事の手を休めなかった。三度の食事を家族に与え、故郷で暮らすこと。それが彼らの願いであった。

 その司令塔は今、広々とした記念公園の中に記念塔として立つ。塔の上から眺めると、砂漠に向かって押し寄せる一面の樹林の緑が圧倒的だ。恵みは人の思いを超えて、備えられてあることを訴える。奇跡ではない。一つの神聖な啓示だ、と皆は確信を深める。

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 砂漠の一角で得たこの光景は、誰の心にも鮮やかに刻まれている。わが職員、作業員は隣接地域で次々と取水堰(ぜき)の建設に取り組み、アフガン東部に穀倉地帯の復活をと意気軒高である。多くの場所で取水堰を造り、「緑の大地計画」は15年目にして完成を目前にした。2020年までにPMS(平和医療団)は1万6500ヘクタールの沃野(よくや)をよみがえらせ、65万農民の生きる空間を確保しようとしている。

 PMSでは来る5年を準備期間とし、全国展開を目指している。アフガンでは全耕地770万ヘクタールのうち灌漑(かんがい)地域は200万ヘクタール前後。減少の一途という。

 気候変動による干ばつは、ようやく為政者に危機感を与え始めている。全部を救えないにしても、PMSが確立した取水技術は多くの地域で恩恵をもたらすと期待され、全国展開の機運が高まっている。現在、「大同団結」をあらゆる勢力に呼び掛け、調査と準備が進められている。

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 殺りくで糧を得ることなど誰も好まない。故郷で耕して生きるのが一番だ。戦乱の中で生きざるを得ない人々は、PMSの灌漑事業に平和への望みをかける。その祈りは切実である。

 この事情は日本に伝わりにくい。戦の背後にある現実が知られず、貧しい人々の犠牲に実感が持てないこともあろう。

 折から報ぜられる安保法制議論は、悲しいものだ。進んで破壊の戦列に加わり、人命を奪ってまで得る富は、もうよい。理屈で固めた「平和」は血のにおいがする。富と平和はしばしば両立しない。日本国民はいずれを選ぶのか。

 われわれは繰り返し「砂漠の啓示」に思いをはせ、ひたすら和解を説く。

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 「アフガンの地で」は、アフガニスタンやパキスタンで復興支援活動を続ける非政府組織「ペシャワール会」(事務局・福岡市)の現地代表で、PMS総院長の中村哲医師(68)によるリポートです。


=2015/07/12付 西日本新聞朝刊=

中村先生が実践してきた事業は全て継続し、
彼が望んだ希望は全て引き継ぐ。

ペシャワール会会長 村上優氏 追悼の辞より抜粋