【アフガンの地で 中村哲医師の報告】 ※西日本新聞への寄稿記事です。

【アフガンの地で 中村哲医師からの報告】戦火の中 大豊作

 アフガニスタンはかつてなく揺れている。5月上旬の1週間、活動地周辺だけでさまざまなことが起きた。

 20年目を迎えたダラエヌール診療所近辺は、上流と下流の村が対立、混乱に陥った。上流ウェーガルの村民約100人が大挙して谷を下り、下流ブディアライ村を包囲攻撃しようとした。その数日前、わがPMS(平和医療団・日本)が建設したモスク(イスラム教礼拝所)、マドラサ(モスク付属学校)付近で警察官が襲撃されて3人が死亡、うち1人がウェーガル出身者で、襲撃者がブディアライ村方面に逃走したというだけの理由である。

 下流の村からの作業員が多数PMSで働いているが、その日は女性・子供を全員退避させ、応戦態勢をとり、一触即発の事態となった。PMSと協力する勢力が仲介者となり、一応の危機を回避したが、以前には考えられなかったことである。

 それに先だって米軍の派手な実弾演習による威嚇が同地であり、PMSの造った用水路取水口付近で「ISAF(国際治安支援部隊)と武装勢力との戦闘」が日常的になっていた。これもふに落ちない戦闘である。米軍の車列を攻撃するには道路脇の丘陵から弾丸を発射せねばならない。ヘリコプターで容易に発見され得る地形である。同じ地点で連日攻撃が行われるのは、よほどのことがない限り考えられない。

 先日、護岸工事の最後の詰めをしていると、対岸十数キロのかなたで二つの黒煙が上がった。軍用燃料タンク車の爆破で、最近珍しくないが、みなで眺めていると大使館から「安否確認」の携帯電話がかかってきた。「大丈夫です。今見ているところです。爆発は二つ、ジャララバード空港前のようです」と述べると、大使館担当者も慣れていて、「いやあ先生、くれぐれも気をつけて」と、いつもの会話で、あとは日本の震災の話題となった。逆に言えば、それほど日常化しているということだ。

命の営みこそ希望

 前後して、カンダハルでタリバン兵500人の大脱走、カブール空港でアフガン空軍士官が米兵8人を射殺、ガンベリ砂漠のラグマン州側米軍基地で勤務する国軍兵士が自爆した。無人機攻撃に至っては、数十人単位で市民が死傷するのが普通で、大きく報ぜられなくなった。

 これに住民同士を対立させる破壊工作が行われる、外国兵が無造作に地元民を殺したり、欧米諸国で宗教感情を逆なでする出来事が加わるので、ことは一層複雑怪奇である。

 東部アフガンでは外国軍に対する反感がかつてなく高まっている。もはや完全な無政府状態で、政府要人はほとんど事務所を出ない。書類や情報が舞っているだけで、実のある建設的な動きが途絶している。

 現地で見える事態は、紛れもなく「一つの時代の破局」と断言してよい。だが破局は、突然起きて突然終わるものではない。それは、20年前のソ連軍撤退に始まり、現在誰の目にも明らかになっただけだ。これを「アフガン復興の成果」と信じ込ませるなら、太陽も西から昇るようになる。

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 だが、太陽を変わらずに東から出させるのが大自然の営みである。言葉では欺かれない世界の厳存を見せるのも、アフガニスタンだ。晩春のジャララバード北部穀倉地帯では、かつての荒れ地に見渡すばかりの小麦畑がこつぜんと姿を現した。大豊作である。PMSと農民たちの努力によって、カマ郡7千ヘクタール、シェイワ郡3500ヘクタールの大地に水が注がれ、まばゆい緑の大地と化した。

 ジャララバードの小麦価格はこれによって2割下落、庶民たちの負担を減じた。PMSが手掛けた治水・利水事業は、今大きな実を結ぼうとしている。同地域の1万ヘクタールがよみがえったとすれば、新たに年間30万人分の小麦生産増となる。それだけでなく、同量の米、豊富な野菜、豆類らの供給ができ、草地の増加で家畜も多くみられるようになった。

 だが、これは座して得られたのではない。マルワリード用水路着工から8年、カマ取水口着工から3年、堰(せき)と用水路の改修を重ね、大洪水を乗り切り、給排水路を張り巡らし、闘争と和解をくり返し、人々の汗によってこの大豊作が実現したものである。そして、この光景には偽りがない。水と太陽の、確かで豊かな恵みを皆知っている。

 ガンベリ砂漠の死の荒野は、今大きく変貌しようとしている。アフガンもまた、政情や戦争を見る限り絶望的だ。しかし、人の分限を超えた偽りの世界の崩壊は、恐れるに足りない。大軍で猛々(たけだけ)しく虚勢を張り、弱者をだまして圧する世界は終わりが見えた。この豊かな緑の広がり、命の営みにこそ望みがあるような気がしてならない。PMS試験農場では今、あふれんばかりの笑顔で小麦の収穫に忙しい。

 麦秋の 水面(みずも)に映る 陽の恵み

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 「アフガンの地で」はパキスタンやアフガニスタンで復興支援活動を続ける非政府組織「ペシャワール会」(事務局・福岡市)の現地代表・中村哲医師(64)によるリポートです。随時掲載します。

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=2011/5/15付 西日本新聞朝刊=

中村先生が実践してきた事業は全て継続し、
彼が望んだ希望は全て引き継ぐ。

ペシャワール会会長 村上優氏 追悼の辞より抜粋